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金融所得課税を考える ~税制改革は税収の増加に繋がるのか?~
金融所得課税の引き上げは、国民の投資離れを助長してしまうリスクがはらんでいると考えられます。投資推奨の施策である新NISAの効果も薄まり、高所得者の国外転居の可能性も出てくるのではないでしょうか。
- (1)金融所得課税とは何か?
- (2)給与所得と金融所得の違い
- (3)海外の金融所得税はどうなっているのか?
- (4)丁寧な議論と説明がなされていないことが最多性の問題点
- (5)金融所得課税引き上げのリスク
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目次
(1)金融所得課税とは何か?
金融所得課税とは、岸田政権のなかで取り上げられた政策のひとつであり、投資信託、株式、預金などの金融商品から得た所得にかかる税金のことです。銀行に預けているお金の利子にかかる税金、株式や投資信託などの場合は、配当金や譲渡時の利益にかかる税金などが該当します。金融所得課税には、申告分離課税・総合課税・申告不要の3種類の課税方式があります。利子所得は申告不要で税率が一律合計20.315%(所得税15%、住民税5%の合計20%に0.315%の復興特別所得税が加算されたもの)であり、所得発生時に口座から自動徴収されるため、自分で納税をする必要がありません。株式などで生じた所得にかかる税金は、納税者が課税方法を選択可能です。
(2)給与所得と金融所得の違い
我々日本人は、一般に労働の対価として給与、ボーナスといった形で報酬を得て生活をしています。これらは給与所得と呼ばれています。給与所得以外にも雑所得(講演料、不動産所得など)、一時所得(ギャンブルによる所得、懸賞金、生命保険の解約返戻金といった一時的に生じる所得)などの所得を得ることもあり、これらを合算して確定申告・納税といった手続きを取ることが義務とされています。とはいえ、雑所得や一時所得には特別控除枠や軽減措置があるため、一定以上の所得が無ければ納税の必要はありません。これに対して、金融所得とは有価証券売却益(譲渡益)、銀行からの利子、株式配当などに関しては一定の税率で課税される仕組みとなっています。
一定の税率とは、わが国の場合であれば20.315%であり、金融所得が1万円であっても100万円であっても同じ税率が適用されることになります。一見すると公平なようですが、給与所得500万円で所得税率が10%の人も、給与所得1億円で所得税率45%の人も、金融所得に関しては同じ20.315%を負担することになるわけです。給与所得は所得が上がるほど高い税率が適用されます。課税所得金額が5,000万円以上の場合に適用されるのは、最高税率の45%です。このため給与所得500万円の人にとっては金融所得の負担割合が重くなり、給与所得5,000万円の人にとっては金融所得の負担割合が軽くなるといった不公平感が生じてしまうことになるわけです。そこで、金融所得課税を見直そうという議論が始まったわけです。
(3)海外の金融所得税はどうなっているのか?
ところで、海外における金融所得税はどうなっているのでしょうか。財務省の資料によれば、アメリカは7.1~34.8%、イギリスは10%または20%と、所得ごとに金融所得に対する適⽤税率が決定されています。ドイツは26.4%で一律となっています。日本と同じ運用になっているのです。また、シンガポールの場合、株式、金融商品の売却益が課税対象にはなっていません。金融所得課税は現時点で「再分配」という視点のみで議論されているのですが、税を優遇することによる「経済成長」の側面と両輪で議論されることが望ましいのではないでしょうか。日本が金融立国を目指すのであれば、アメリカ型なのか、シンガポール型なのか、日本独自の型で進むのか、こうしたグランドデザインの議論になれば政策の争点に値すると思われます(図表1参照)。
そもそも今回の金融所得課税に関しては、①税収を上げるためなのか、②税の不公平感を是正するためなのか、③富裕層による負担を許容してもらうためなのか、といった視点に関して、どうも判然としない印象があります。「税収を上げるためであるならば、何故、法人所得税や個人所得税では良くないのか」、「税の不公平感を是正するためであるならば、何故、累進性の議論が欠如しているのか」、「富裕層の負担を増やすことによる、国内外の富裕層が国外に転出する可能性は高まらないのか」、といった議論が欠如しているように思われます。そもそも金融所得が低迷を続けてきた最大の要因は、超低金利政策によって利子に関わる所得税が大きく減ったことが大きく影響していることは明らかなのです。
(4)丁寧な議論と説明がなされていないことが最多性の問題点
ここで、国税の構成比の推移を見てみたいと思います(図表2参照)。わが国の税収は、1990年初頭までは個人所得税と法人所得税が主体でした。その後、消費税導入によって2010年以降は、消費税の割合が40%を超える状況となっています。一方、資産課税は年々減少傾向をたどり、2024年度当初予算では1988年度の半分以下となる6兆円割れとなっています。この間、上場企業による株式配当は大きく増加してきたので、債券や預金に関わる利子が大きく低下してきたことが影響していることは想像に難くありません。
金融所得課税の実現について語る際には、金融所得課税の対象を明確にし、課税によってどれくらい税収が見込めるのか、国民がきちんと理解できる形で丁寧に説明すべきではないでしょうか。過去には、何度も金融所得に関わる税制が改正された経緯がありますが、少なくとも株式市場や金融市場全体に渡って好影響を及ぼしたという印象がほとんどありません。この理由は、制度が複雑で、短期間のうちに何度も修正されたために周知されなかったためでないかと思われます。時の政府は「貯蓄から投資へ」との流れを作ろうとしてきましたが、そもそも株価が低迷を続けていたことに加えて、利子や配当水準が低すぎて効果が見込めなかったことがマイナスに影響していたのではないでしょうか。税収を増やすのであれば、むしろ、富裕層が国内で消費や投資をしやすい環境を作るほうが、経済を回し、消費税や法人税などの財源を増やす流れにつながる可能性もあるのではないでしょうか。デフレから脱却し、日本経済を前に進ませる時期に最も重要な視点は、政治と国民との信頼関係を構築することであり、政治家は国民に対して適宜コミュニケーションを図ることが求められると言えます。
(5)金融所得課税引き上げのリスク
金融所得課税引き上げには、国民の投資離れなどにつながるリスクがあると懸念されています。「1億円の壁」の打破を目的に金融所得の税率を引き上げた場合、増税を理由に投資をやめる人が増加するケースが懸念されています。新NISA導入などによって、日本政府が国民に自己資産形成のための投資を推奨している現在では、国民の投資離れはできる限り避けたいリスクです。高所得者のなかには、金融所得課税の増税を避けるために海外へ移住する人もいると考えられます。高額納税者が国外に移住してしまうと、増税できずにかえって税収が減少してしまうため改善にはつながりません。公平性を高めるために高所得者層の税負担率を上げる累進課税を導入するといった政策を行う場合、見直しの内容によっては税率引き上げの対象となる高所得者層の人数がかなり制限するケースもあります。極端に限定的な層に対する増税をしたところで、不足している財源を補うほどの税収が確保できないことは言うまでもありません。
(注記)「1億円の壁」:「1億円の壁」とは、日本の税制において、所得が年1億円を超えると所得税の実効税率が低下する現象のことです。主に高額所得者が株式の譲渡益や配当などの金融所得を多く持つため、これらの所得に対する税率が総合課税の所得税率よりも低いために起こります。こうした現象にたいして所得の再分配機能が十分に働いていないという批判を受けることがあり、この問題を解消するために、金融所得課税の見直しが議論されているわけです。