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2024.12.11 コラム

年収の壁とは ~収入に関わる様々な壁を理解することが大切~

年収の壁が昨今話題となっています。この記事では、その年収の壁とはどういった内容なのか、そして問題点や議論すべき点をまとめています。

(1)給与収入と給与所得との関係

国民民主党が提唱した「手取りを増やす」政策によって、税金や社会保険料に対する関心が高まってきました。我が国では、累進課税制度を取っているため、年収が上がるにつれて所得税率が上がる仕組みになっています。また、住民税については一律10%の税率であり、社会保険料(厚生年金、健康保険など)については事業者(雇い主)と就業者との折半という仕組みになっています。しかし、こうした仕組みは単純ではありません。給与収入と給与所得には大きな違いがあります。給与収入とは、勤務先から受け取る全ての収入のことであり、基本給、賞与、残業代、各種手当などを含む額面の金額のことです。これに対して給与所得とは、給与所得控除などを引いた金額、いわゆる「手取り金額」となります。給与所得は、給与等の収入金額から経費とみなされる一定金額を控除して算出します。この控除を給与所得控除といい、1年間の給与収入に応じて金額が変わります。給与所得控除には、基礎控除、配偶者控除、社会保険料控除、生命保険料控除、地震保険控除、医療費控除等が含まれています。給与所得控除として引かれた金額は、所得税の課税対象に含まれません。

(2)基礎控除と給与所得控除の考え方

次に、基礎控除について考えてみたいと思います。基礎控除額は48万円(所得税48万円、住民税43万円。但し、合計所得金額が2,400万円以下の場合)となっています。このほか、給与所得者は、給与所得控除を受けることができます。給与所得控除とは、サラリーマンなど給与所得者が受けられる控除制度であり、給与収入によって控除額が変わってきますが、162.5万円以下の給与所得者は55万円となっています。基礎控除と給与所得控除を合計すると103万円となり、103万円以下の給与所得者には課税されないことになります。基礎控除と給与所得控除に関しては、給与所得者本人の生活に必要な部分については税金を課さないという考え方からきています。すなわち、月8.8万円の収入があれば最低限の生活を送ることができるという考え方です。しかし、現在の経済情勢を考えると、月に8.8万円で生活することはどう考えてもかなり無理があると思われます。

(3)年収の壁の本質とは何か

ここで、昨今話題となっている年収の壁について見てみましょう。すでにメディアなどで報じられている「103万円の壁」、「130万円の壁」とは、サラリーマンの夫を持ち、家事や育児の負担を一手に担う女性にとって、乗り越えてはならない壁として、あるいは自分を守る壁として、長年、存在感を示してきました。この「年収の壁」は、女性の働く時間を制限するものとして問題視されています。女性の年収は100万円以下と200万円以下が全体の約37%を占めています。その多くが「103万円の壁」と「130万円の壁」を意識している人たちだと思われます。なお、夫は妻の年収に応じて配偶者控除を受けることができるので、妻は本人の手取りが減らないことに加えて、夫の手取りが減らないことも意識して働き方を調整することになるわけです。すなわち、年収の壁によって手取りが減ってしまうという現象があることから、「年収調整のための働き控えが生じていること」が年収の壁の本質であると言えるでしょう(図1参照)。

図1 パート収入の壁とその影響		
妻の収入	妻の社会保険料負担	夫の所得控除額
 103万円以下	 無し	 38万円
	103万円の壁	
 103万円超~106万円未満	 無し	 38万円
	106万円の壁	
 106万円以上~130万円未満	 妻の勤務先の規模により負担発生	 38万円
	130万円の壁	
 130万円以上~150万円以下	 全ての人が負担	 38万円
	150万円の壁	
 150万円超~201.6万円以下	 全ての人が負担	 妻の収入に応じて段階的に減少
	201万円の壁	
 201.6万円超	 全ての人が負担	 無し

(4)「103万円の壁」を引き上げることによる問題点

それでは、国民民主党の主張である「年収103万円の壁」を「年収178万円の壁」に引き上げるとどうなるのでしょうか。そもそもこの主張は、過去30年間で最低賃金が1.73倍に上がったので、年収の壁も1.73倍に引き上げようという論拠によるものです。このことによって、給与所得者ほぼ全ての人に対して「手取り増加」という恩恵があるわけですから、国民からは歓迎されているわけです。しかし、手取りが増えるということは税収が減ることと裏返しです。政府の試算によると、国民民主党の政策を実現した場合、7兆円程度の歳入減が見込まれるとしています。特に、地方自治体では住民税収の減少により、現行の公共サービスを維持することが難しいとして国民民主党の主張に異を唱える意見が相次いでいるようです。国民民主党では、手取り増による消費増効果による税収の増加、所得増加による所得税の増加、過年度の余剰金の活用などにより一定程度の税収は確保できるとしていますが、実際のところはどうなのでしょうか。

(5)社会保険料の壁が横たわっている

さらに、問題を複雑にしているのが、「年収106万円の壁」問題です。年収106万円の壁とは、妻(パート勤務をしていると仮定)の年収が106万円を超えると社会保険料が発生するというものです。現在、従業員数51人以上の会社が対象となっており、社会保険料負担を回避するために年収を106万円未満に抑えるといった動きもあるようです。最近では、パートタイマーやアルバイトの時給を7%程度引き上げる動きが相次ぎ、揺らぎにさらなる拍車がかかっています。時給が上がると、労働時間が変わらなくても壁を越えてしまう可能性があり、働く時間を調整する人が出てくるからです。これから年末に向けて、忙しくなる飲食店、小売店などでは人手を確保することに頭を悩ませそうです(図2参照)。

社会保険料に関して抑えておかなければならないのは、事業者(雇い主)と労働者が折半で負担することです。厚生労働省では、年収106万円の壁を取っ払う代わりに、労働者の負担を軽減するために、一定の条件のもとで事業者の負担割合を増やそうといった意見があるようですが、中小零細企業にとっては死活問題です。過度な企業負担を強いることによって、中小零細企業の体力が蝕まれてしまうかもしれません。但し、社会保険料を負担することによって将来受け取れる年金(厚生年金)額が増えること、厚生年金制度に加入することによってさまざまなケアが受けられるといったメリットにも目を向ける必要があるでしょう。こうした大きな制度改革には、賛成派と反対派が意見をぶつけ合うことになります。ここで大切なことは、「政治力」であり、国会議員は与野党問わず政策立案能力が試されていると言えるのではないでしょうか。

図2「106万円の壁」に直面した時のシミュレーション				
	手取り年収	20年間の	厚生年金額の	手取り減少分を
	手取り減少分	上乗せ分	超える損益分岐点
 ①年収103万円の人	101万9,850円	-	-	-
 ②①の人が時給アップで年収110万円に	93万2,421円	174万8,580円	年間12万,1841円	14年4カ月(79歳)
    なると※1				
 ③②の人が年収を122万円まで増やすと※2	101万8,461円	2万7,780円	年間14万3,994円	3カ月(65歳)	
 ④これまで年収129万円に抑えていた人	126万5,450円	-	-	-
 ⑤④の人が社会保険加入対象になると※3	106万8,701円	393万4,980円	年間15万2,302円	25年11カ月(90歳)		
 ⑥④の人が年収を105万円まで減らすと	103万9,750円	451万4,000円	-	-	
 ⑦④の人が年収を155万円まで増やすと※4	126万4,341円	2万2,180円	年間17万4,455円	2カ月(65歳)

(6)政治家には説明責任が求められている

今回の「年収の壁」問題は、さまざまなことを提起しています。すなわち、①給与収入から給与所得に間にはさまざまな控除額が設定されている、②手取り減少を恐れて働き控えが起こっている、③社会保険料に関わる年収の壁が存在している、④年金制度(特に厚生年金)に対する理解が十分ではない、⑤国及び地方における財政収支についての見解が欠如している、といった点となります。制度設計は数年で変更することは容易ではなく、10年くらいかけて行うべき問題です。とはいえ、手取りを増やす問題については、今年度実施した定額減税などの手法での対処が可能なのかもしれません。わが国における課題は「経済の主役である中間層を強くする」、「限られた財源での歳出のメリハリをつける」、「次世代に向けた成長投資の拡充」といった点だと思います。その意味では、今回の国民民主党の主張は、政治家には説明責任が求められているという点で、政策に一石を投じたと言えるでしょう。

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