IFAL Times
雇用統計は実態を反映しているのか?~民間企業による転職市場サービスが成長~
雇用統計から現在の雇用実態を把握しておくことは重要であり、経済の行く末を知る手がかりとなります。この記事では昨今の日本の雇用市場動向を確認していきます。
- (1)雇用統計は国民生活にとって最も重要な統計のひとつ
- (2)一般職業紹介状況にみるわが国の雇用市場の動向
- (3)人手不足社会にもかかわらず求人数が減っている背景
- (4)産業別では建設業、宿泊業、サービス業での求人数減少が目立っている
- (5)仕事の在り方、仕事の探し方はさまざま
- (6)転職のきっかけもさまざまだが、前向きな理由が増えている?
- IFA Leadingのアドバイザーにお気軽にご相談ください
目次
(1)雇用統計は国民生活にとって最も重要な統計のひとつ
経済動向をみるうえでさまざまな統計が発表されていますが、なかでも雇用統計は最も重要視されている統計と言えるのではないでしょうか。米国では、新規就業者数の増加、失業保険申請件数、失業率といった雇用関連の数値に株式市場、債券市場が敏感に反応するばかりか、金融・財政政策にも大きな影響を及ぼしています。中央政府の取り組むべき最大の課題は、国民の生活向上に資することは勿論ですが、何といっても雇用政策が最も重要な政策のひとつであると言えます。雇用情勢が悪化して、街に失業者が溢れるようなことになれば、社会の治安が悪化することになりますし、何より失業手当、生活保護といった社会コストが増大することになってしまいます。さらに、家計が困窮すれば、住宅ローンを始めとする借金が返せなくなったり、個人消費が予想以上に停滞したりして経済全体に悪影響を及ぼすことになってしまいます。雇用統計が重要であるという点については米国のみならず、日本、西欧諸国は勿論のこと、新興国においても同様です。中国では、若年層の失業率悪化によって、一時的に雇用統計の発表を見合わせていた時期がありました。そのくらい政府にとってはセンシティブに扱うべき統計であると言えるでしょう。
(2)一般職業紹介状況にみるわが国の雇用市場の動向
まず、わが国の一般職業紹介状況の統計を見てみましょう。当該統計は公共職業安定所(ハローワーク)のデータを基に、厚生労働省が集計して発表しています。最近の動きをみると、月間有効求職者数(仕事を探している人)は190万人程度で推移しています。一方、月間有効求人数(企業が求めている就業者の人数)は230~250万人程度で推移しています。この割合(有効求人数/有効求職者数)が、有効求人倍率となります。このところの有効求人倍率は1.2~1.3倍程度で推移しています。このことは、求職者1人に対して1.2~1.3件の求人情報がきていることを表しています。すなわち、仕事を選ばなければ何らかの仕事に就くことができるという状態なのです。わが国の労働市場を一言でいえば、「人手不足市場」であると言えるでしょう。こうしたなかで、新規求人者数(企業が新規に求人する人数)が2023年以降減少傾向にあることが特徴となっています。本来であれば、ドンドン雇用者を増やしたいはずなのに何故こうした状況となっているのでしょうか。このことは、わが国の企業経営の在り方にも深くかかわっていると考えられます(図1参照)。
(3)人手不足社会にもかかわらず求人数が減っている背景
求人数が減っている要因としては、第一に、人件費の増加によって企業が慎重になっていることが挙げられます。インフレ環境や賃金水準の引き上げによって企業の人件費負担が増大しており、企業側では求人数を絞っていることが考えられます。第二に、ハローワークを経由しない民間企業による転職斡旋市場が成長していることが挙げられます。わが国の転職者(新卒採用を除く)は、年間およそ300万人程度と推察されていますが、そのうちハローワークを利用した転職者は4割程度とみられています。残りの6割は民間企業による転職サービスによって転職するというパターンになっていると推察されます。実際のところ、ハローワークに行って所定の手続きをしなければ失業保険を受給することは出来ませんが、失業保険を受給するよりも自分に見合った会社や職場を見つけることを優先する場合、ハローワークを経由しないで転職するといった割合は着実に増えているようです。民間企業による就職斡旋市場では、ハイエンドな求人情報も整備されていることから若年層にとどまらず、専門職層での利用者が増加傾向にあるとみられています。
(4)産業別では建設業、宿泊業、サービス業での求人数減少が目立っている
次に、産業別求人状況をみると、今年に入ってから建設業、製造業、宿泊業、飲食サービス業などでの減少率が拡大しています。何れも人手不足に悩まされている産業なのですが、この点については前述のように、人件費負担増を考慮して求人拡大に慎重になっていることが考えられています。特に、8月の飲食サービス業の求人数は前年同月比34.3%減と大きく減っています。この要因については、大手外食企業が前年同月に求人数を大きく増やした反動とのことですが、大手外食企業では配膳のロボット化や自動レジの推進といった業務の無人化施策を進めてきたことも影響していると考えられます。また、産業を問わず、民間企業による転職市場での展開も拡大している模様です。最近では、経営層や専門職といったハイエンドな職種にとどまらず、中間管理職層、若手技術者、建設・飲食・福祉といった現場職と幅広い分野での求人活動が活発化しています。そして、求職者ではネットを通じてこうした転職市場にアクセスするようになっているのです(図2参照)。
(5)仕事の在り方、仕事の探し方はさまざま
これまで述べてきたように、厚生労働省が発表している「一般職業紹介状況」だけをみて、わが国の労働市場を理解することは適切ではない状況になっているのかもしれません。その背景としては、①かつてのような新卒採用・定年まで同じ企業で勤め上げるという労働慣習が変わってきたこと、②人手不足社会の進展によって企業が中途採用に積極的になってきたこと、③以前に比べて民間企業による就職斡旋市場への関与が高まってきたこと、④転職に対する就業者による姿勢が変化してきたこと、などが挙げられます。業界統計が明らかになっていないので、正確なところはわかりませんが、2000年頃の転職市場は「ハローワーク経由」、「知人による紹介」がほとんどであり、そもそも転職をする就業者は限られていたと思われます。2000年当時の転職市場では35歳までといった不文律がありましたが、最近では50歳を超えていても条件とタイミングが合えば転職できる状況となっています。このことは、「専門性」、「知識」、「年齢」は勿論のこと、「人間性」、「経験値」といった視点がより重視されるようになってきたことを示しているのではないでしょうか(図3参照)。
(6)転職のきっかけもさまざまだが、前向きな理由が増えている?
転職理由は人によってさまざまですが、最近では「現在の職場での評価が低い」、「給料が上がらない」、「上司・経営陣が信頼できない」、「社内の人間関係が悪い」といった後ろ向きの理由が減ってきたように思われます。むしろ、「現在の職場での評価は高いけれど、〇〇の仕事にチャレンジしてみたい」、「現在の職場は心地良いけれど、業界の将来性が不安なので新たな分野に挑戦したい」、「これまで自分の経験を活かして、次世代に知識・知見・経験を伝えたい」といった前向きな理由が増えつつあるのではないでしょうか。企業にとって大切なことは、離職者が増えている或いは減っているといった事象もさることながら、ネガティブな情報を含めて離職者からのヒヤリング情報を自社の改善点に活かしていくことではないでしょうか。自社のことを知っている離職者からの情報は、自社を変革するうえでの宝物であると言えます。