行動ファイナンスという言葉をご存じでしょうか。行動ファイナンス(Behavioral Finance)とは、人間の心理や行動の偏りが、投資や経済行動にどのような影響を与えるかを分析する学問のことです。投資というのは人間の心理的な側面の影響をものすごく受けるものです。投資家は、誰しもメンタルがもの凄く揺さぶられた経験があるのではないでしょうか。〇〇ショックといったことが市場に起こると、夜も眠れなくなってしまうといった状況に陥ってしまうことがあるかもしれません。伝統的な投資理論、金融理論では「人は合理的に行動する」とされてきましたが、現実の市場ではそうはなりません。人は恐怖や欲望、期待、焦りなどの感情に左右され、結果として合理性から逸脱した判断を下します。投資には心理学的な側面から研究する必要があり、投資研究に心理学を組み合わせたものが行動ファイナンスなのです。たとえば、株価が上昇しているときには「もっと上がる」と感じ、下落しているときには「まだ下がる」と思ってしまいます。その背後にあるのが、行動ファイナンスで説明される数々の心理バイアスなのです(図表1参照)。
(出所)メディア情報、金融庁資料等を基にIFA Leading作成。
ここでは、実際の投資行動で頻発する心理的な傾向(バイアス)を紹介します。バイアスとは先入観や偏見といったものであり、これらを理解することが、投資を心理的な側面から理解するまず第一歩となります。そもそも市場全体も、人間の集合体に過ぎないということを認識する必要があります。投資家が共通して同じ心理状態に陥ると、価格は合理性を失い、「過熱」や「暴落」を引き起こすことになります。たとえば、株価が急上昇する局面では「乗り遅れたくない」という感情が広がり、さらに買いが集まることになります。一方、暴落局面では「もうダメだ」という恐怖が広がり、売りが売りを呼ぶことになるのです。すなわち、市場の波は投資家の感情の波ということもできるのではないでしょうか。株価が継続して上昇している局面では、投資を始める人が多くなります。逆に株価が継続して下落している局面で投資を始める人は少ないし、相場にいる人も少なくなります。これこそが投資家の心理状態であると言えるのではないでしょうか。ちなみに、アナリストやエコノミストは株価が急騰している時、或いは暴落している時に適正株価を算出して情報発信することがあります。しかし、こうした場合、ほとんどの情報はあまり役に立たない情報となってしまいます(図表2参照)。
(出所)メディア情報、金融庁資料等を基にIFA Leading作成。
ところで、プロスペクト理論とは、ノーベル賞学者である心理学者ダニエル・カーネマン氏とエイモス・トベルスキー氏が提唱した理論で、人の意思決定がいかに「非合理的」なのかを示した画期的な研究と言われています。この理論の核心は、「損失の痛みは利益の喜びの約2倍強く感じる」という点です。たとえば10万円の儲けよりも、10万円の損失の方が心理的に深く刺さります。そのため、投資家は利益を早く確定しようとし、損失は「取り返せるかも」と抱え続けてしまうのです。この『心理的非対称性』が、損切り遅れや塩漬けを生む大きな要因の一つと考えられています。合理的な投資家であっても、感情を完全に排除することは不可能です。だからこそ重要なのは、感情を排除することではなく、感情の存在を前提にルールを設けることなのです。しかし、実際問題、感情の存在を前提にルールを設けても、感情にはなかなか勝てないものなのです。今回だけは損切りのルールを破ろうという心理に投資の経験がある人なら一度ならず何度も経験していると思います。筆者の知人に、投資のルールとして10%上がったら売却(利益確定)、10%下がったら売却(損切り)というルールで投資をしていた方がいました。わが国の株式市場は長年、ボックス相場が続いていたため一定の成果を上げていたようでしたが、その後の上げ相場でどうなったのでしょうか。この話をお聞きしたのは今から5年以上も前のことなので、自己ルールを破って保有し続けていたら大金持ちになっているかもしれません。
投資の世界では、他人と同じ行動を取ることで安心を得ようとする傾向が見られます。これは「群集心理」と呼ばれています。バブル相場や暴落局面では、この心理が極端に働くことになります。例えば、SNSやテレビで「この株が急騰中!」と報じられると、人は「自分も買わなければ」と感じるのです。しかし、その時点ではすでに株価は割高で、リスクが高まっていることが多いのが実態です。逆に暴落局面では、「みんなが売っているから自分も売る」と動き、底値で手放してしまうのです。このように、人は他人の行動を基準に判断してしまう傾向があり、合理的な判断を妨げてしまいます。バブルの絶頂期には靴磨きの少年が投資の話をしていたという有名な話があります。普段投資をしない身近な人が投資を始めようかなーと言っていたら危ないのかもしれません。
また、感情を制するには3つのルールがあると言われています。第一に、感情より先にルールを決めるという者です。「5%下がったら売る」、「20%上がったら一部利確する」といった明確なルールを事前に設定しておくことで、感情に流されにくくなります。第二に、投資日誌をつけるというものです。自分がどんな感情でエントリー・利確・損切りをしたかを記録すると、思考パターンが客観的に見えるようになります。第三に、客観的データに「感情の重み」を加えるというものです。チャートや財務データだけでなく、「市場がどう感じているか」を意識するのです。すなわち、数字だけでなく人の心理を読むことが大切になります。これこそが行動ファイナンスを活かす真の力なのです。しかし、実際には、このような行動を取ったとしても人間としての感情の本質から逃げることは難しいと思います。従って、一般的な心理を持つ人にとって、特に感情のコントロールが求められる短期や中期の投資で、継続して成果を出し続けることは容易ではないと考えられます。資産形成を検討する際、長期的な視点でじっくりと資産を保有し続ける手法は、着実な運用を目指す上での有力な選択肢の一つと考えられます。投資の本質は、数字ではなく「人の心理」です。一般的に、長期的な視点で資産形成を目指す場合、市場や事業の成長性を前提とした長期保有は、有力な戦略の一つと考えられます。頻繁な利益確定や損切りによる心理的負担を抑えたい投資家にとって、一喜一憂せずにじっくりと腰を据える運用スタイルは、検討に値するアプローチと言えるでしょう。行動ファイナンスを学ぶことは、単に理論を知ることではなく、「自分の行動パターンを見つめ直す鏡を持つこと」だと言えます。投資も人生も、感情のマネジメントが成功の鍵です。感情に逆らう投資を行うべきではないのです。